管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第10回は「本来の「音程」の意味と転回音程」。
「音程が悪い!」・・・その指示、間違っているかもしれません。
さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(その5)
この1週間で一気に寒さが増してきましたね。過ごしやすい秋の気候が一気に過ぎ去って、冬のような気候になってしまいました。季節の移ろいは急速です。音楽の形式にも「移行部」というものがあります。移行部はある大事な部分と大事な部分を繋いで次の形式の「転調(調性を変えること)」などにスムーズに運ぶために必要な部分です。皆さんが親しんでいる吹奏楽コンクールの課題曲のマーチなどにもその移行部分があることがほとんどです。その部分には多くの臨時記号がつけられて、一時的に色々な調性にして色合いを変えながら次の「転調」や「コーダ」といった本当のカラーチェンジに備えるために必要な部分となります。そして、その移行部は演奏も音の合わせ方もバランスの取り方もとても難しい部分なのですが、作曲家の苦労や工夫、そして輝く個性がよく見える部分です。主要な部分を大事に演奏する気持ちは大事ですが、このような移行部分を大事に楽しんでいけたらもっと音楽を深く楽しめると思っています。日本の四季における春や秋の気持ちよく過ごしやすい時期を少しでも長く楽しみたいものですが、最近の日本の四季は冬と夏だけがしっかりと長い印象があります。皆さんはどう感じますか?「見えない風を感じ、まだ見ぬ花を楽しみに待つ」というような気持ちを僕は音楽家、指揮者としていつも大切にしています。
§1.音程(インターバル)のこと
皆さんはよく「音程が良い」もしくは「音程が悪い」と言われることがあると思います。ほとんどの場合によってその「音程」というときに意味するものは、個々の音の「音のズレ」であることが多いと思います。それは厳密には「ピッチ」と言われるもので日本では「ピッチ」と「音程」が混同して使われることも多いように思います。
本来の「音程」の意味するところは「2音間の音の隔たり」のことで、英語では「インターバル」と呼ばれます。名前を聞いたことがありますか?「2音間」とは垂直方向に積み重なる2音間、もしくは時間の経過で変化する水平方向、横の流れの「2音間」という2種類です。それは前者を「和声的音程」後者を「旋律的音程」と呼びます。
どちらの音程も同じ「度数」でその隔たりをあらわします。
§2.音程の差をあらわす「度」
2音間の隔たりを表す単位として「度」を使用します。これについてはあまり難しく考えるのはもう少し後でも大丈夫です。まずは基本をおさえましょう。
まずは同じ音の高さの場合、その2音間の度数は「1度」です。その音の関係を「ユニゾン」といいます。最も透明感があり、純度の高い音程間隔です。
そしてオクターブ上の同じ音との2音間の度数は「8度」です。
「オクターブ」の「オクト」は「8」を表すギリシャ語、ラテン語です。8本足のタコのことを「オクトパス」と言いますが、語源は一緒です。あとは単純に音階内の音に順番に度数を当てはめていけばいいのです。
「1音離れている」とは「2度離れている」ということです。これが基本のキになります。
下の基音から上に数えた音程と、その音程を上から数えたときの音程にはこのような関係があります。これから先も「基音から上がって何度」「基音から下がって何度」という言葉が出てくると思います。大切なことなので忘れないでいてくださいね。
1度―オクターブ(8度)
2度―7度
3度―6度
4度―5度
5度―4度
6度―3度
7度―2度
8度―1度
このような関係を「転回音程」といい、この転回音程で関係づけられた両者は大変密接な関係を持っています。ぜひ今のうちに覚えておきましょう!
オクターブ内の転回音程は足して「9」になります。つまり転回音程を求めるには、その音程と足して9になる数字を求めればいいのです。
1 2 3 4 5 6 7 8
+ 8 7 6 5 4 3 2 1
—————–
9 9 9 9 9 9 9 9
ということです!
オクターブよりも離れた音程の関係は「複音程」と呼ばれています。
9度=オクターブ+2度
10度=オクターブ+3度
11度=オクターブ+4度
12度=オクターブ+5度
13度=オクターブ+6度
などです。「ボレロ」や「ダフニスとクロエ」で有名なラヴェルなどフランスの作曲家は好んで「13の和音」などを多用しましたので、それくらいの度数には対応できる準備があれば安心だと思います。
楽譜で音程を確認してみましょう。
「ソルフェージュ」オルスタイン著/八村美世子訳(白水社刊)より引用
§3.各音名を知る~音階構成音にはそれぞれの役割に応じた名前がある!
ハ長調(C-Dur)の長音階を例にとって、各音についてみていきます。まず、各音にはこのように数字がつけられます。
C=I
D=II
E=III
F=IV
G=V
A=VI
H=VII
基音Cから見てその音の度数が数字化されているものです。そしてこれらの音にはそれぞれ名前がついています。
I=主音
II=上主音
III=中音
IV=下属音
V=属音
VI=下中音
VII=導音
皆さんは前回のコラムで「導音」については既に知ることができていますね。音階全体の中ではそれぞれの音は代表的な役割を表す名前がつけられています。何だか日本語で書くと訳が分からなく、無駄に難しい用語にも見えます。これを英語の表記ではこのような名前になっています。それらのことを「音程構成音」と呼び、それぞれ以下のような役割があります。まだコラムに登場していない音楽用語もありますが、覚えておきましょう。
主音=Tonic(トニック)
音階の基礎になる音で、楽曲の終始音になることが多く、その音階を代表する重要な音。
上主音=Supertonic(スーパートニック)
主音の上にあるのでつけられた名前。
中音=Mediant(メディアント)
主音と属音の中間音であることからこの名前がついている。長調と短調を区別する重要な音。
下属音=Subdominant(サブドミナント)
主音の完全5度下にあり、属音と対称の位置にあるのでこの名前が付けられた。主音と属音の機能を補助する音だが、下行導音の機能も持っている。
属音=Dominant(ドミナント)
主音の完全5度上にあり、主音を確定させる働きがあるとともに調性を支配する重要な音。
下中音=Submediant(サブメディアント)
主音と下属音の中間にある音。長調と短調を区別するのに、中音(第III音)に次いで大切な音。
導音=Leading Note(リーディングノート)
短2度上行して主音に進もうとする性質を持った音。属和音や属7の和音の構成音である場合には、その作用は一層強くなる。
皆さんどうですか?「メディアント」や「ドミナント」は英語でもあまり意味がよく分からないかもしれませんが、その辺は改めて・・・。その他の音はなんとなくその役割が英語にするとわかると思います。これからしばらく先に出てくる「機能和声」や「カデンツ」においては「トニック」「ドミナント」「サブドミナント」が重要な軸となってきます。
§4.臨時記号と音名表記
決められた音階の音を臨時的に上げたり、下げたりするときに「臨時記号」を用います。また臨時で上げたり下げたりした音を元に戻す際にも決められた臨時記号を用います。代表的なものは以下の3つです。
・フラット(♭)・・・その音を「半音下げる」=変記号
・シャープ(♯)・・・その音を「半音上げる」=嬰記号
・ナチュラル(?)・・・その音を「元の音高に戻す」
稀にですが、このような記号も登場します。
・ダブル・フラット(♭♭)・・・その音を「半音2個分下げる」=重変記号
・ダブル・シャープ(♯♯)・・・その音を「半音2個分上げる」=重嬰記号
英語音名ではその音の右側につけて表記します。(例=B♭、G♯など)
ドイツ音名では、半音下げるときにはその音名に続けて「es」を、半音あげるときには「is」をつけて表記しますが、「E」と「A」については半音下げるときには「Ees」ではなく「Es」、「Aes」 ではなく「As」と表記します。母音の重複を避けるというのが理由だと考えておくのがいいと思います。ドイツ語学的にはこのような「母音+e」を発音し、表記する際に「¨(ウムラオト)」をその母音の上に付けます。母音の音を発音する口で「e」の発音をするという意味なのですが、おそらくそのようなことも影響しているものと思います。様々なドイツ音名に「es」や[is]を付けて、そのドイツ音名に慣れておいてください。来週までの課題にしておきます!ちなみにドイツ語では「i」「e」にはウムラオトがつきません。
そしてドイツ音名ではシのフラットを「B(ベー)」といいます。シのナチュラル(英語音名=B)をドイツ音名では「H」と発音します。皆さんも「ベー」はよく使用している用語なのではないでしょうか?
なぜこのような呼び方になっているのか?不思議ですよね。僕も皆さんくらいの頃はその意味も知らずにそれらのドイツ語音名を使用していました。
個人的な見解ですが、クラリネットやトランペット、サックス群などの「移調楽器」の存在も大きく影響しているのではないかと思います。それらの楽器を使用する場合には通常使用されるその楽器の「ドレミ」の音階においてシのナチュラル(H)よりもシのフラット(B)の方が多く登場するので、シのフラットを「B」とした方が都合よかったという理由もあると思います。吹奏楽でも「H(ハー)」よりも「B(ベー)」の方が多く登場すると思います。クラリネット、トランペット、サックスなど移調楽器が一大勢力として吹奏楽の編成の中で存在しているというのも大きな理由の一つだと思います。
また、後述しますが「自然倍音」で得られる構成において登場する「第7倍音」が「H(シのナチュラル)」ではなく「B(シのフラット)」であるということも関係しているのではと考えています。ですから「実音シのフラットはB(ベー)」「実音シのナチュラルはH(ハー)」で覚え、部活でも共通言語にしておきましょう。
§5.「B」が「H」になった歴史と臨時記号の関わり
実は、シャープやフラット、ナチュラルの成立の過程でこの「BとH」が重要なポイントとなっていることをお話ししたいと思います。
かつてはドイツ語圏でもシの音を「B」と表記していました。様々な音楽を演奏していく中でその「B」の音の半音低い音を演奏することがあり、半音低いシの音を「丸いB」と呼び、シのナチュラルの音を「角張ったB」と呼び使い分けをしていました。それらの音を表記する際にはその「b」の字体の書き方を変えて使い分けていたのです。
「丸いB」と「角張ったB」はこのように書き分けられていました。
そして、その「角張ったB」はだんだんと形を変えて・・・小文字の「h」となり、ここにシを「H」とし、シのフラットを「B」とするようになったのです。皆さん、長年の謎が解けましたか?そして、小文字のhから派生したのが、ナチュラルを示す記号であり、そのナチュラルをもっと先鋭化させた記号がシャープの記号を生み出しました。そして丸いBが「B(シのフラット)」となったことにより、丸いBを記号として用いる必要がなくなりました、本来は元の「シ」の音を半音下げるという意味を持っていたこの記号が、半音下げるフラットという記号になっていきました。ここに臨時記号のフラット、ナチュラル、シャープの三大臨時記号が誕生したのです。
皆さん、いかがですか?日常触れている音の呼び方や臨時記号についての成り立ちを知ることで、皆さんの中で何か知的好奇心が刺激されたでしょうか?
次回の第11回ではこの臨時記号や音名、音程の度数を使用しながら「調号と調性」についてのいろいろなお話をしていきます。来週までに、今週までお話ししたことをじっくりと読み返しながら、自分のものにしていきましょう。
それでは、また次回をお楽しみに!
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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